貢献できる

【地域活動】練馬区に子ども食堂を!地域社会再生のボランティア活動

日本の伝統芸能・落語の世界にしばしば登場する与太郎という人物をご存じだろうか?

性格はのんきで楽天家。人が良く、いつも騙されたり、失敗ばかりして定職につけない。
時に定職についても、常に「稼げない」人物の一人だ。

そんな与太郎でも伸び伸びと生きられる時代があった。それは江戸時代中期、元禄と呼ばれた時代である。

この時代は江戸や上方(大阪)の人々は長屋に住み、誰もがご近所付き合いを持っていた。

どこかの家で子どもが生まれれば、お産婆さんが駆けつけ、ご近所全員で手伝う。旦那に定職がなければご近所さん同士で面倒を見る。親が働きに出ている間は、近所の高齢者が子どもの様子を見守る。そんな時代。

現代ではなかなか見られなくなった地域社会がそこにはあった。

大江戸線豊島園駅のほど近く「ねりまスペースかやの木」を運営する一般社団法人地域包括ケアサポート47風鈴研究会議 代表理事・加藤孝幸氏もそんな地域社会の再興に尽力する一人だ。

高齢者も子育て世代のママやパパ、そして練馬区で育つ子どもすべてが一丸となる。
そんな温かい地域を実現すべく、子ども食堂の開設に奔走している。

宮古島で見た地域社会

以前は大手製薬メーカーで医療機関向けの営業に従事していた加藤氏。
収入には不足はない。生活に困らない程度の退職金を手に老後を迎えるはずだった。

そんな加藤氏に転機が訪れる。
2015年に末期癌だった母の在宅死がきっかけだった。

サラリーマンの傍ら闘病生活を続ける毎日に限界を感じていた。同じ悩みを抱える人は少なくないはずだ。本格的に地域療養の課題を解決出来ないか?
そんな想いを胸に23年間続けたサラリーマン生活に終止符を打った。

そして向かったのが宮古島だった。
宮古島の平均所得は260万円。200万円以下と算出する統計も存在する。
都心であれば、まず生活できない水準だ。

しかし、穏やかな時間に身を任せ、笑顔に満ちあふれる宮古島。一説には江戸時代の地域社会が唯一残る地域とも言われる。そんな宮古島で地域療養、そして地域社会を取り戻すヒントを手に入れたい。加藤氏が宮古島を選んだ理由だった。

閉鎖社会?でも

加藤氏が見た宮古島は、想像以上に都会から移住した人には厳しい社会だった。
近所の住民も、加藤氏のことを何となく都会から来た外来人として扱い、心を開かない雰囲気を感じた。

そんな宮古島で生活をはじめるべく、小さな軽自動車の中古販売とレンタルバイクの店を開いた。少ない資金で奔走する中で事件は起きた。

パートナーとして一緒に起業した人物が資金を持って逃げてしまったのだ。出鼻を挫かれた出来事だった。

しかし、今、東京に戻るわけにはいかない。加藤氏の苦労がはじまった。毎日、客の呼び込みから、自動車の整備と一人で朝から晩まで働いた。

これが転機になった。

慣れない島で毎日、商売に奔走する加藤氏を見た地域の方が、少しずつ加藤氏を受け入れるようになってくれたのだ。食事や健康の心配・・・。時には食べ物を持って様子を見に来る高齢者も現れだした。

加藤氏が地域から受け入れられた瞬間だった。
温かく穏やかな気持ちになった。そして宮古島の人々も同じように幸せに生きている姿が徐々に見えてきた。

宮古島の平均年収は低くとも、幸せに生きられる理由を学ぶことができた。

地域とのつながりが人を幸せにする

加藤氏にはもう一つの記憶がある。それは、仕事で訪れた大阪での出来事。
ある低所得者が集まる地域で見た若者の姿だった。

日給3000円の仕事を得ようと必死に奔走する若者の様子だ。

日給3000円は、年収ベースで100万円を切る水準だ。時にはもっと高収入の仕事が入るときもあるので、実際には年収200万円程度になる。

年収では宮古島とさほど変わらない。

しかし、彼らの目は決して生き生きとしたものではなかった。必死に働いても日によっては3000円の収入にしかならない。日銭を稼ぎ、明日はどうなるのか分からない。
結婚など高嶺の花だ。

宮古島と大阪で何が違うのだろうか?

答えはすぐに分かった。

それは地域の人々との関係性だ。

大阪は東京と同じ大都市である。ご近所付き合いがない若者はたくさんいる。

つまり、地域とのつながりが深い社会は閉鎖的である一方、一旦、受け入れられればお金に縛られることなく幸福度が高いのだ。一方で、地域とのつながりがなければ、お金にしか頼ることができなくなる。これはとても不幸なことではないか。

ぼっち家庭を無くす子ども食堂

地域社会を取り戻すことができれば、地域療養の問題だけでなく、地域に住む人々すべてが幸せになることができる。

そう確信した加藤氏には新しい目標が出来た。

自分が生まれ育った練馬区で地域社会を取り戻したい。

山の手地区と言われる練馬区でも、実はシングルマザーの問題や、家庭で食事を取れない子供達はたくさんいる。いわゆる「ぼっち家庭」だ。ぼっちとは、独りぼっちのぼっちのことである。

これらのぼっち家庭の根本的な原因は、親が収入を確保するために夜遅くまで働かなければいけず、その間に子どもの面倒を見る仕組みがないことにある。

もし、親が働いている間に地域全体で子どもの面倒を見る仕組みがあれば、子供達は決して「ぼっち」にはならない。

また、親は親で、別の課題も感じている。

それは、子育ての仕方や、子どもが病気になった時にどうすれば良いのか・・・。

子育て全般の悩みを誰に相談したら良いのか分からないという悩みだ。東京という地域柄、地方出身者も多く、親族も近くにはいない。そんな人々の切なる悩みだ。

これを解決するには、練馬区に古くから住む住民と、子育て世代の親、そして子どもが繋がる仕組み作りが必要だ。

宮古島で得た経験から直感的にそう感じた。

そして、思いついた答えが「ねりま子ども食堂」だった。

子ども食堂に我が子を預ける親。そして子どもに食事を提供する練馬の住民。そして食事を食べる子供達。

すべてが横軸につながることができる。これしかないと思った。

ねりまスペースかやの木で

2020年は新型コロナウィルスが蔓延し、世界が混乱する年となった。
全国的に学校の閉鎖や、外出の自粛要請が次々に出され、子育てをしながら働かなければならない親世代は、さらに追い詰められている。

このタイミングで子ども食堂を実現することは大きな意味がある。
世の中で求められている時に、必要な支援が出来る。

子ども食堂の第一回は2020年4月25日(土曜日) 12時〜15時に決定した。

加藤氏の主宰する、ねりまスペースかやの木で開催する。
ぜひ、ボランティアスタッフとして、または利用者として参加して欲しい。

-貢献できる
-,

Copyright© ねりまりん , 2020 All Rights Reserved.